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2010年12月 6日 (月)

2010秋の読書メモ:文庫編その1

 さて、晩秋の読書感想文、今回は文庫編その1です。

先生とわたし

先生とわたし (新潮文庫) Book 先生とわたし (新潮文庫)

著者:四方田 犬彦
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 四方田の学問の師である由良君美(この人のことは本書で知りました。英文学界では有名なんですかね)との関係を書いた、評論・エッセイというよりは私小説ですね。交流の中身・エピソードはまあ他愛もないようなもの。大学の中で人生を過ごす人にとっては入り込めるかも知れないけど私にはよくわからない。ただ、その体験がより普遍的な知見や奥深い物語世界につながっていく…となれば面白かったんだけど、その意味で本書は失敗だろうと思います。
 ありえた方向感としては、まずそもそも四方田の作品でこのタイトルとくれば夏目漱石「こころ」の本歌取りを想定するけれど(本人もちょっと狙ってたと思うけど)その想定は悪い意味で裏切られる。小説としてひとつの世界を作り出すことができておらず、ストーリーとしても結果的に中途半端。そしてもう一つの方向性として、本書の後の方では山折哲雄やスタイナー等々を援用して教育とは何か、師弟関係とは何かの考察をしているんですが、これが…なんか「由良との関係を思い返したので、ついては色々考えてみました」という感じで、浅いわけではないけれど、本当に由良と四方田の繋がりのあり方とべったり表裏にあるわけじゃない。要は、必然性がない。私にはそう感じられました。
 その結果、ゴシップがゴシップのまま、個人的感想が個人的感想のままに留まっていて、Amazonの書評で東大の楽屋話にすぎないじゃんという声があるのは、意地の悪い言い方だけど正しい。でもまあ、裏返して考えてみれば今現在も大学組織の中にどっぷりいる人にとっては、やっぱり面白いんだろうね。これさっきも書いたか。
 というわけで、まとめて言うと、不満の残った一冊でした。

孤高の鬼たち(文藝春秋編)

 文豪たちの生活やら性格を、彼を知る周囲の人間(その多くは自身も作家)が描くエッセイというのか、まあそういう文章をあつめたもの。文藝春秋にいろんな形で乗ったのをまとめたんでしょう、多分。
 誰が誰を、というのを便利のためにリストアップすると以下のとおり。

  1. 太宰治 ← 瀬戸内寂聴
  2. 川端康成 ← 山口瞳
  3. 高橋和巳 ← 北川荘平(作家)
  4. 室生犀星 ← 萩原葉子(萩原朔太郎の長女)
  5. 宇野千代 ← 吉屋信子
  6. 三好達治 ← 河盛好蔵
  7. 夏目漱石 ← 松岡筆子(長女)
  8. 芥川龍之介 ← 芥川比呂志(長男、演劇家)
  9. 坂口安吾 ← 坂口三千代(妻、作家)
  10. 山之口獏 ← 山之口静江(妻)
  11. 太宰治 ← 井伏鱒二
  12. 谷崎潤一郎 ← 今東光
  13. 宇野浩二 ← 水上勉

 だいたいの感想を一言で書くと以下。

  1. 太宰の弱さがしっかり書いてある。女性は総じて強く、寂聴はエロい。
  2. 大人が大人を描く安心感。だがその後の川端の自殺には届かない限界も感じる。
  3. 友人・戦友として高橋の足跡を正確に捉えていて本書の中でいちばん高密度。文章家同士のつきあいって大変そう。
  4. ふつうにいい話。私の住んでる大森・馬込の昔が書いてあり個人として面白かった。
  5. 宇野の行動も磊落・痛快だが書いている吉屋の筆のためらいなさも相当なもの。女が50年以上生きると妖怪変化となる。
  6. 達治への敬愛と追悼の念に満ちていて、読んでいて気持ちがいい。他のを書いている人たちが意地悪みたいに思える。
  7. 漱石ファンや研究者には興味深いエピソードなのかも。なんてことないエッセイ。
  8. 短く、龍之介が自殺に至るまでのきれぎれの思い出をつづっているんだけど、龍之介のことよりむしろ比呂志のまなざしの精度に引き込まれる。
  9. 脱帽。怪人安吾と生きていく人間も同じく怪物。怖い人がいるものです。
  10. その詩の通り、生活は本当に貧乏だったようです。お疲れ様でした。
  11. 井伏のエッセイは本当に正直でそこに徳があると思っているんですが、なんか二次元の人間が話すのを聞いているような、不思議な感じがある。
  12. 今東光じしんも相当なものだと思うけど、そういう人間がひたすら畏れる大谷崎とか佐藤春夫とかって、どういう化物だったんだろうね。
  13. 「枯野の人」と題しているんだけど、エッセイ自体が静かに宇野との交流と宇野の死を描いて、初冬の野をゆっくり過ぎていくような、好短編。

 先輩・後輩・友人・配偶者・家族といろんな角度のものを並べているので比べるように読んでも面白いだろうと思う。読後に一番印象に残ったのはじつは10。特異な存在感を持つこの詩人の内面の懊悩と混沌を、その妻は全く理解していなかった。唖然とするとともに生活していく者としてはそれが正しいんだよね…というお話でした。

若山牧水(大岡信)

 美しく胸にしみこむような短歌を書き、放浪したアル中歌人の評伝。ごくオーソドックスにその生涯をトレースしていて、その意味ではとくに感想はありません。あ、面白かったし牧水のことがよくわかったので、決して退屈な本ではないですよ。
 と書いただけでは私がつまらないので、本書で初めて知って、あるいは改めて読んで印象に残った歌をいくつか。

  • いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるか
  • かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
  • 逃れゆく女を追へる大たはけわれぞと知りて眼眩むごとし

 おっ、と思った一首。

  • 旅ゆけば瞳痩するかゆきずりの女みながら美(よ)からぬはなし

 著者が「ひとり旅の男に共通の旅情を謡い」と簡潔かつ正確に述べているのも可笑しい。あるあるネタだねこれは。
 最後は、前に見たときも唖然として、今回その思いを深くしました。これに共感する酔っ払いは世界に何億人いるでしょうか。

  • ただ二日我慢していゐしこの酒のこのうまさはと胸暗うなる

 若山牧水が死んだのは昭和三年9月、享年43。死因は胃腸炎と肝硬変による衰弱。夏の盛りだったにもかかわらず、アルコール漬けだったせいか死臭も死斑もでなかったという医者の記録があります。

暮らしの中の妖怪たち(岩井宏實)

 著者は日本史研究の学者さんで、とくに民俗・文化に造詣の深い方のよう。本書は全国に伝わる妖怪のエピソード集で、文庫化前の初版が昭和61年ということで、鬼太郎・妖怪ブームだったのかなあ。
 この手の本はいくらでもあるんだけど、見かけると思わず買ってしまいます。こういう本は(一定水準以上に達してさえいれば)全体として面白い面白くないを表することはあまり意味がないけれど、あえて類書との比較でいうと、なるべく原書(出典)を記してくれているところが学者さんらしい真面目さで、突っ込んで調べるときにはありがたいというくらいかなあ。
 せっかくなので他の本で読んだ記憶のないものをちょっと紹介します。

(「タテクリカエシ」の項から抜粋)
 なお、香川県の大川郡の菅峠では、タゴといって肥桶のようなものが山の斜面の崩れたようなところを転がってくるという。これは昼間はでなくて夜に出るという。また、ヤカンコロバシもある。東京の多摩地方に薬罐坂という気味の悪いところがあって、夜半一人でそこを通ると薬罐が転がってくるという。

 これなんて一見妖怪かどうか判然としないうえ「山の斜面の崩れたようなところ」とか「気味の悪いところ」とか、説明もモヤッとしていて、なんだか中途半端な気持ちにさせられるけれど、それだけに現代ても都市伝説として表れても不思議ではない、ような気もする。

 最後のところに妖怪の分類なんかを考察した短文が第Ⅱ部としてついているんだけど、これは井上円了の書いていたこととちょっと比べてみたいなあ。


 前回からアフィリエイトを貼り付けてみているんですが、今回書いた本は取り扱われてない(要は絶版)のものが多かったなあ。自分じしん古本屋でしか買ってないもんなあ。

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