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2010年12月21日 (火)

2010秋の読書メモ:文庫編その2

 晩秋というかもうとっぷり冬ですが、2010年の読書感想文、文庫編その2です。
 前回は文学文学したラインナップだったのですが、今回は政治経済系。というほどでもないけれど。

外資と生きる―IBMとの半世紀 私の履歴書(椎名 武雄)

 この本は…日本IBMの成長を一手に担った大社長・椎名武雄の、日本経済新聞『私の履歴書』の連載を文庫にしたものですが、IBMの社員以外で持っている人が果たしているのか、というくらいの本。想像するに、連載が載ると、日経新聞社の配慮で文庫本発行の際に知人や得意先に配布するよう会社に何十部かくれるんじゃないか。
 というといかにも皮肉な言い方ですが、この本はそれほど退屈でもなくちゃんとできています。当然ながら椎名武雄一代記、会社の成長までの様々なエピソードと経営哲学(というほどでもないけど、まあポリシーのようなもの)がその内実。タイトルにある通り、椎名が外資系社長として名を成し、会社としても経営者としても日本経済界に一定の地位を占めたパイオニアであることに注目して、外資が日本に根付くというのはどういうことか、という観点を一本通しているのが工夫どころです。ただ、それが明確なオピニオンにまで練り上げられているわけではなく、そんな体裁でまとめてみましたというくらい。すっきりできていて読みやすいのは、実際に原稿を書いた記者の力も大きいだろう。もちろん、椎名本人の人間性がベースなのも事実だけど…比率でいうと7:3くらいか。これも皮肉っぽく聞こえるけれど…

 せっかくなのでいくつかのエピソードを引用して本書の雰囲気を伝えよう、と思ったけれど、これ一部だけ抜き出すと単なる自慢話に見えて面白くなさそうなのでやめます。というか本質的には自慢話だからね。

 偉大な経営者の言葉・行動に触れてみたい!という、まあ本書のターゲット層の期待は裏切らないんだろうと思う。まだ売ってるのかなあ。

日本の官僚 エリート集団の生態(竹内直一)

 このころは「官僚もの」を読むのが個人的に流行っていた。なんでだっけ。3ヶ月前のことだけどよく思い出せない。たぶん、政治主導のスローガンが掛け声倒れになりそうなのが見えてきて、官僚をどう活用するかに揺り戻しが来そうだったので気になったんだろう。
 その中でも本書はマイナー。なにしろ私が古本屋で買ったのは現代教養文庫(1988年刊行)だけど、元は日新報道出版部から1978年刊行、その時のタイトルは『こんな官僚はヤメテしまえ』と、鉄拳を彷彿とさせるタイトルで、そのとおり官僚に対する憎悪に満ちた本。なのでまあ偏向を織り込む気持ちで読んだ。
 なぜ著者が官僚・中央官庁憎しとなったか、というのは本書を読むとよくわかる。というか、実質的に本書の3分の1くらいはその経緯を書いてある。著者はもともと農林省に入省し敗戦後から官僚として社会生活をスタートさせたのだが、談合や賄賂といった権力のダークサイドにストレスを感じ、たびたび反発することで傍流キャリアに追いやられ、しかも退官後は消費者運動に身を投じて古巣と対立する立場になった。
 消費者運動の中では官僚の堕落ぶりを示す三つの事件を挙げている。

<合成殺菌料AF2禁止>
 こんなことがあったんですねえ。昭和48年に、主に加工魚肉に殺菌料として使用されていたAF2(フリルフラマイド)に毒性があると報道され問題になったが、AF2を生産していた業者と厚生官僚が結託し、御用学者に有利な論文を書かせるなどしてむりやり使用許可を継続しようとした。

<サッカリン汚職事件>
 あ、サッカリンてのは確かに聞いたことがあるね。ただ、禁止に至る背景でごたごたがあったそうです。
 甘味料サッカリンについて、アメリカ政府が発がん性があると発表、国内でも禁止となると思いきや、サッカリンが使えないとコスト大幅増となる漬物業界(という業界があるんですか…)が反発、大規模なロビイングにより規制を押し返したが、その際クスリが効きすぎたのか厚生官僚が審議資料を意図的にミスリードした内容での総理大臣答弁書を作成した、として批判・告訴された。
 (なお、現在はサッカリンの発がん性はほぼ否定されているそうです)

<日米レモン戦争>
 これちょっと覚えてる…アメリカから日本に輸出されているレモン等の柑橘類の表面に、禁止されている薬剤だったOPP(オルトフェニルフェノール)が塗布されていることが発覚したが、柑橘生産農家やOPP生産企業の意を汲んだアメリカ政府が強硬にOPPの使用許可を迫り、結局かなり強引な手続きで認可された。
 これは今でも現在進行形なのかな。子供の時、オレンジやレモンの皮に口をつけるなと言われたことを思い出す。

 三つ目は単純に官僚の批判で済むものでもないように思うけれど。
 まあそんなわけで著者は一貫して官僚と戦ってきたこともあり、硬直的な人事慣習に起因する非生産的な派閥闘争、血税意識の欠如とエリート主義、予算主義、政と官の癒着などの批判の舌鋒は厳しい。もっとも人によっては、官僚組織の中でうまく立ち回れなかった負け犬がルサンチマンを爆発させているように見えるだろうし、それも一面で正しいだろう。
 著者の限界は本書の最後のほうで官僚3名(橋口収、榊原英資、堺屋太一)の実名を挙げて批判している章で顕著に表れている。著者は3者の著作から所々抜粋して、彼らのエリート主義・傲慢さを批判しているんだけれど、抜粋した文章自体を理解しないまま、情緒的なエリート批判に留まっている。特に榊原については引用を延々したのち「自己陶酔の文句」を「支離滅裂な表現でひとりごとを言っているにすぎない」というのだが、これは著者が読解できてないことを表明しているだけだ。第一、榊原が神がかり的・自己陶酔的異常人格なのは多分そのとおりで、そのことは優秀な官僚であることと対立しない。
 ただ、全体的には批判は批判として正当というか今でも言われていることなので、世の中はなかなか変わらないものなのねという話です。

 最後に著者が末尾に書いている「行政改革」私案を記載します。
 極端に走っているところはあるけれど、コンセプトは今でもだいたい使えるんじゃないか…というか、民主党政権はこんなことやりたかったんじゃないの。あれ、違うか、みんなは民主党政権にこんなことをやってほしかったんじゃないか、が正解かな。

  1. 法案の提出は、もっぱら議員とし、官僚の作文による法案の政府提出をさせない。また、法律の内容も具体的に規定し、行政の裁量権を極力少なくする。
  2. 許認可権の範囲は最小限度にしぼる。
  3. 予算の編成に、政党はもちろん、市民参加のシステムを導入し、官僚主権の中核を“解放”する。
  4. 「産業振興のため」という名目で出される補助金は廃止する。最小限度必要なものは、地方交付税と融資に切り替える。
  5. 官庁、政府関係機関の不動産、物資購買の実績単価の公表を義務づける。
  6. 惰性で予算に計上されている経費は、その大小を問わず、徹底的に洗い直し、効果のないもの、必要のないものは切り捨てる。
  7. 官庁がもっている会計経理の決算書類を市民に閲覧させることを義務づける。
  8. 各省庁の出先のブロック機関と府県単位機関は、税金関係以外は廃止し、必要ある部分だけを地方自治体に移譲する。
  9. 行政強化に名をかりた省庁新設はもちろん、局の新設は当分の間いっさい認めないばかりか、積極的に局、課、審議官などを削る。
  10. 特殊法人、認可法人を徹底的に整理し、もし必要ありと認定されたものがあれば、行政機構に組み入れる。
  11. キャリア、ノンキャリアといった身分制的な人事慣行を抜本的に改め、公務員法の本旨に即した近代的な人事制度を確立する。
  12. 職員の採用を各省庁バラバラ、無基準にやらせないで、内閣で統一する。当面、採用を極力しぼる。
  13. 人事異動のテンポをおそくし、職務に習熟させる。
  14. 各省庁間の人事交流を盛んにする。
  15. 退職年齢を引き上げる。
  16. 公務員の営利企業就職の禁止を厳しくするほか、高級官僚の立候補を一定年限禁止する。
  17. 国務大臣は、議員以外の者の任命を大串、短期間の首のすげかえをやめる。
  18. 国会答弁は、大臣、政務次官に限定し、大所高所からの論議を原則とする観光をつくる。
  19. 役所がもっている情報は、市民が要求すれば公開しなければならないよう義務づける。
  20. 国民生活や国民経済に有害な働きをしている官庁は整理する。

 長かったかな。ところどころテンションが上がりすぎて筆が滑っているところはご愛嬌、独自の人事政策構想のところはまあ措くとして、これ思った以上に面白いね。この一年、こんなような話してたよね、そういえば…

酒場の社会学(高田公理)

 酒飲みで本好きの人のうち2割くらいは暇ができたらこんなタイトルの本を書いてみたいと思うんではないだろうか、というような内容の本。著者自身が3年ほど経営したスナックの話…店の作りやメニュー、酔客だった著者が店を始めた経緯、常連の名物男女たち、数々のエピソード…これらは面白いと同時に、読んでいる酒飲みも自分の馴染みの店のいろんなことを思い出すだろう。酔っ払いは本当に愉快な生き物だなあ、という深い愛に包まれる、その点でいい本。

 で、後半は前半の情報の集積をベースにした社会学的分析になる。そう、タイトルは飾りではなかったのである。こちらがコアだという思いだろうけど、これがつまんないんだよねえ。常連客とはどのような存在か、とか、常連間の順位付けとか、オゴリの意味だとか、テーマとしては面白そうなんだけどいまいち強い印象が残らないのは、なんというか、分析の結果に驚きもなければ他の事象に敷衍できそうなフレームワークとしての強度もないから。なので社会学的論文として読むよりは、考現学的な資料として読んだ方が役に立ちます。もっとも、前に書いた通り分析よりはエピソードの方が筆致も活きがよくって面白い。それぞれの飲み屋、それぞれの酔っ払いの頭の中に潜在的な形でこんな本があるわけです。

■夜露死苦現代詩

夜露死苦現代詩 (ちくま文庫) Book 夜露死苦現代詩 (ちくま文庫)

著者:都築 響一
販売元:筑摩書房
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 これはこの秋一番のヒット。思いっきりお勧めです。
 現代詩を書いていますっていう詩人の書いた、現代詩として書かれた現代詩ではないところに筆者が見つけた、感情を撃つ言葉の連なり、通常の言語表現を超えたところに成立している表現を「現代詩」として紹介している本で、どこが素晴らしいかというと①紹介している言葉たちの力強さ、面白さ②それらを素直に楽しんで説明している筆者の地の文がまったく邪魔しておらずいいガイドになっているところ、ですかね。
 いい本ほど「解釈」を加える意味がないので、どんな言葉が紹介されているのかを章ごとに軽く触れるのにとどめておきます。

 第1章「痴呆系 あるいは胡桃の城の山頭火」
 第2章「点取り占い あるいはショウユ味のシュールレアリズム」
 第3章「木花咲耶姫の末裔たち あるいは湯に煙るお色気五七五」
 第4章「池袋母子餓死日記 あるいは遺書という暗楽詩」
 第5章「死刑囚の俳句 あるいは塀の中の芭蕉たち」
 第6章「玉置宏の話芸 あるいは分速360字のトーキング・ポエトリー」
 第7章「32種類の『夢は夜ひらく』 あるいは無限連鎖のモノローグ」
 第8章「仏恥義理で愛羅武勇 あるいは暴走する刺繍の詩集」
 第9章「最大の印税が最高の賞賛である あるいはヒップホップする現代詩」
 第10章「あらかじめ答えられたクイズ あるいは反省と感謝のループ」
 第11章「少年よ、いざつむえ あるいは輝ける言葉のサラダ」
 第12章「肉筆のアクション・ライティング あるいはインターネットの色事師たち」
 第13章「アイ・シング・ザ・ボディ・エレクトリック あるいは箱の中の見えない詩人たち」
 第14章「人生に必要なことは、みんな湯呑みから教わった あるいは詠み人知らずの説教詩」
 第15章「ヒトが生んでヒトが驚く あるいは見世物小屋の口上詩」
 第16章「肉体言語としてのラップ・ミュージック あるいは渋谷の街の即興詩人」
 第17章「相田みつを美術館訪問記 あとがきにかえて」

 あれ、各章のタイトルでだいたい内容わかっちゃいますね。
 補足が必要な分だけ説明すると、第1章は病院に入院している痴呆老人たちの発する言葉をメモした一冊の本から。第3章は九州の神社の境内にぶら下げられているエロ俳句のコレクション。第9章はヒップホップで大富豪にのし上がったJay-Z,NAS,EMINEMのリリック(それに対して16章で日本のヒップホップとしてダースレイダーをピックアップしている)。10・11章はそれぞれ知的障害・精神障害を抱える老人と青年が生み出す特異なクイズと詩。12章はエロスパムメールやエロサイトの文章、13章は誤変換。

 というラインナップを見て、なるほど、こういうところにこそ詩があるんだね!なんて思う人が本書の良い読者かというと、そうともいえない。「現代詩」を知っていて(知っているからこそ)その射程をかなり広くとれる人でも、最終章は直視しづらいだろう。著者は、部屋の隅に引きこもって仲間内の「現代詩」に自閉している層に「本当にすごい言葉、詩がこんなところにあるぜ」と言おうとしている以上に、既成の枠組みなんて知らない、でも言葉の力を知っている「普通の人」に、詩を感じてほしいと思っているのでね。なので「普通の人」に愛される「詩人」相田みつをを最後に持ってきたのは、あざといというかメッセージを鮮明にするための工夫。
 どっちにしても、本書を読むと自分が詩というのをどんなものだと思っていたのか、改めて鏡写しに見ることができるんではないでしょうか。まあ、そんな余計なこと言わないで、バラエティあふれる「現代詩」に笑ったり考え込んだりするのが正しい読み方なんだろうけど。

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