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2010年8月14日 (土)

書評『「赤報隊」の正体』(一橋文哉)

 1987年の朝日新聞阪神支局襲撃事件の真相に、当時の関係者に留まらない多くの人へのインタビューを通じて迫るノンフィクション。巷間知られている犯人像ではない、真の正体に迫る・・・というところがウリ。

(以降ネタバレ考慮していませんので自己責任で)

 この事件の一般的な理解としては、犯人が声明文で「赤報隊」と名乗っていたことから、朝日新聞の反国粋主義的な論調に不満を持った右翼団体関係者の仕業なんだろう、犯人つかまんなかったからよくわかんないけど、ということになっていたと思う。私もなんとなくそんな印象を持っていた。
 だが、著者はその観点を否定し、単なる思想的背景によるテロリズムではないとする。
 その上で時代背景、事件当時のディテールや捜査途上で方針や犯人像の措定が二転三転してきた経緯を追いながら、実はこの事件を思想犯罪であると見ること自体が本質から目を背けさせるための偽装であり、事件の真実は政界・暴力団・金融業界の暗部に関わる利権であるという説を提起する。具体的には平和相互銀行事件(同行の御家騒動の過程で政界および右翼団体が関わって裏工作・不正融資が行われたとされる事件)の真相、とくに当時の蔵相竹下登が事件に関わっていたことを示す証跡を朝日新聞記者が入手したことで殺害されたというのが著者の見立てである。
 ただし、その認識に至るまでの分析の流れが、あくまで関係者の証言を基としており、それらが真実だとしても全ては状況証拠にすぎないこと、そして証言者の(特に重要な証言者の)プロフィールが明かされておらず、さらには筆者自身も当時匿名だったこともあり、真実性は極めてビミョーではある。ネット上の評価も、著者の予断があまりにも多く実質的なフィクション、お話としては面白いけどね・・・という解釈が多い。結論を明確にクローズせず、ほのめかしのようになっているのも、著者自身が確信がないのか単に核心を突き止めきれていない状態で誠実に書いているのか、判然としない。
 更に言うと、曖昧さへの反論への再反論として「いや、実は真実は握っているんだが明記すると社会への影響が大きいから敢えて詰め切らなかったのだ。結論が曖昧であることこそが真実の証拠だ」という言い方もできる(著者自身がそう書いているわけではないが、その効果を狙っているのではないかという見解はあるだろう)ので、ちょっと面倒くさい。
 いずれにしろ、全面的に本当に違いないとは思いにくく、東京スポーツの「信頼できる情報筋によると」と同程度の信頼性、という見方が多いみたい。ただし、この手のものは「本当かも知れないけど、安易に信じているというとバカっぽい」ということで、公共空間ではみんなの本音よりも否定側へのバイアスが強くかかるかも知れないね。

 で、私が本書の主張を正しいと思ったかいうと、正直よくわからない。現実に犯人が特定されていない以上、著者の見解を強く否定する材料もないような気がする。著者の取材姿勢や結論が「面白すぎる」こと自体は、いちおう真実性とは切り分けて考えないといけないだろう。事件が組織的であり物的・状況証拠も少なくない中で結果的に犯人が特定できなかったことから、行動的右翼の思想犯罪というよりは複雑な背景を抱えている可能性は確かにある気がする。それが著者の見立てと合致するかは別だけれど。

 もし、根拠情報は不確かだけど事実としては本当、だとしたら、ちょっといやだなあ、と思った。
 本事件に限らず、社会に広範な影響があるのに諸事情により実態が隠されている事件というのは、そうささやかれている以上にたくさんあるんだろうと思う。だけど、そういう事件なのかも…いやそうに違いない!という発想はストレートに陰謀論に結び付く。陰謀論は(実話ナックルズを娯楽として消費しているうちはいいけど)非常にしばしば陰謀をレンズにして自分に都合がいい、自分のストレスをぶつけやすい世界像を、論理的に否定することができないものとして映し出してしまう。誰かの考えた作り話に隠されている真実を暴くつもりで、新たなフィクションを編み出してしまいがちなので、相当注意しないといけない。本書にしても「そうだ!だから自民党は裏社会と不可分に繋がった邪悪政党だ!証拠は隠蔽されてるから無いけど!なので反証もできないよ」という論理に簡単に転化できる。
 それが真っ赤な嘘でも。あるいは、たとえ本当でも上記の物言いが不誠実であることには変わりがない。陰謀論が真実を探る手つきにどうしようもなく汚点をつけてしまうのだ。だけど、すべての真実が明かされる日がない以上、避けがたいことでもある。

 だからマスコミが権力が隠そうとする情報を執拗に追及することとか、文書をちゃんと取って置いて一定期間が過ぎたら公開するという知恵は重要なんですが、日本では整備されていないので、巻き込まれないようにせいぜい気を付けましょう。

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大変参考になりました!
また、お邪魔させていただきます^^。

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