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2010年7月20日 (火)

書評『ゾルゲ事件』(尾崎秀樹)

ゾルゲ事件ってなんだか知っていますか?
第二次世界大戦真っ最中の1941年に、日本の国家機密をソビエト社会主義共和国に流したとしてリヒャルト・ゾルゲ他、数名が逮捕された事件である。当然のことながら国家的危機として社会にものすごいショックを与え、事件そのものはすごくセンセーショナルに報道された…くらいの理解を

私はしていたけれど、ゾルゲの主義思想的背景や、同時に逮捕された日本人もいた(その一人が著者の兄であり本書に描かれる中心人物である尾崎秀実)ことは余り覚えていなかった。まして、戦後にゾルゲや尾崎の評価ががガラリと変わって、日本軍国主義に抗して戦争を阻止しようとした英雄に祭り上げられたという経緯があったことは全然知りませんでした。そのあたりが非常に勉強になった。
もっとも、本書のメインテーマは、その辺のセンセーショナル性からは一線を画して、ゾルゲと尾崎の生い立ちから始まりどのような個人/社会の歴史をたどってスパイ活動に手を染めるに至ったかを追うことで、この時代の社会活動家の生き様と時代の空気を浮かび上がらせることにある。なので、スパイ物のハラハラドキドキを期待する方にはお勧めしません。

著者は二人の活動家の政治的ユニットとしての動きだけではなく、人間としての全体像を描こうとしている。なので、以下のセンチメンタルな記述も出てくる。

ゾルゲの愛人、石井花子は、その手記のなかに、孤独でさびしがり屋の一面を、いくつか書きとめている。彼女が「ベビーがほしい」といったときのゾルゲのさびしそうな表情、ほかの女性の写真を見つけられたときのてれた笑い、ベッドの中でのつつましやかな温かい抱擁、「ほんとの友だちがほしい」とうなだれていたゾルゲ、ベルリンにすむ母に誕生日の祝電をうつときの子供子供したふるまい、それらの断片的な像をつなぎあわせてゆくと、仮面の生活のうらに、人間としての幸福をねがう孤独な男の姿がうかんでくる。

こういった感情的な側面と思想家・政治的行動者の側面の両方が統合されゾルゲと尾崎という二人の人間像が統合的に描かれているのが本書の良いところ。そして、ゾルゲ事件に関わる人物や事件も網羅されているので「使える」本でもあります。

大きな時代の流れの中でみると、二人が目指していた共産主義革命は実現しなかったどころか、軍国主義日本は極めて悲惨な敗戦を迎え、また戦後にゾルゲ事件が共産党内の政治闘争の道具して利用されたりもしたことを考え合わせると、生前だけでなく処刑後においても二人の生はひどく過酷なものを負わされていると感じざるを得ない。けれど、本書ではそれをことさらドラマテッィクに書き上げることもなく、終始事実を丹念に調べ実相を明らかにする、という視点で書いており、そもそも肉親について語るのに、これだけ客観性を持ちながら丹念に書き上げていることは驚嘆と称賛に値する。
その点でドキュメンタリーの鑑のような作品である。

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