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2010年7月10日 (土)

書評『1976年のアントニオ猪木』

かつてプロレスは、あらかじめ勝ち負けから試合の展開、何分にどんな技が決まり、相手はどんな反応をするか・・・のすべてが決められたショービジネスであった。だが、(日本では)その事実は興業としてのプロレスのごく近くにいる層のみが理解しており、プロレスファンは真剣に「世界最強は誰なのか」をこの目に焼き付けようとテレビに見入っていた。
歳月を経て現在、21世紀初頭。リアルファイトであることを当たり前の前提とする総合格闘技とショービジネスとしてのプロレスは別のジャンルとして併存しており、観客はその構造を知っている。そして、プロレスは昭和の昔に比べれば見る影もなくマイナーな存在になりつつある。

本書ではその歴史的転回点が1976年に行われたアントニオ猪木の異種格闘技戦(対ウィリエム・ルスカ、モハメド・アリ、パク・ソンナン、アクラム・ペールワン)にあるとする。ジャイアント馬場率いる全日本プロレスに対して後塵を拝し続けた猪木が、力関係を逆転させるための秘策として(そして同時に、自らのプライドと迷いの結果として)台本通りのプロレスが行われるはずだった舞台に、図らずもリアルファイトを持ち込んでしまったというのである。
勿論、その後の歴史の流れは直線的ではなく、猪木にとって世紀のリアルファイトだったアリ戦は酷評され、猪木は失意の中で(ショーとしての)プロレスに回帰しつつ輸入事業や政治活動にコミットしていき、その過程でプロレス界に多くの負債と悪評を残して去っていく。しかし、76年に蒔かれた種が佐山聡等を通じて総合格闘技の隆盛につながっていることは、例えば当時は限りなく退屈なシーンとして罵倒された<猪木-アリ状態(立った状態の選手に対してもう一方の選手が寝ころんだまま足で応戦する状態)>が、いまや総合格闘技ではごく当たり前にみられる試合展開の一つであることにも示されている。76年の時点で木は誰よりも早すぎた存在だったのである。

と、だいたいこんな本。著者はプロレスを八百長と批判するのではなく、といって肩入れするのでもなく、熱意を持ちつつも冷静な目で猪木自身、それを取り巻くプロレス業界、さらに観客や社会の状況にも目を配ってフェアな批評をしている。と私は感じた。
私自身は、プロレスがリアルファイトなのか全ての台本が決まったお芝居なのかよくわかっていなかった。というか今もよくわからない。そのどちらなのか判然としないまま見ている側の感情が揺れ動くこと自体がプロレス観戦の一つの醍醐味だと何となく思っていた。本書はその点についてはクリアな結論(プロレス=ショービジネス)を説得力ある筆致で語っており、まあそうなんだろうなあと思った。同時に、ガチンコのプロレスという幻想や猪木という偶像を信じていた(もしくはかつて信じていて何らかの形で幻滅していた)ファンからすれば、程度の差はあれ頭から冷水をかけられるような本であり、AMAZONの書評にもそんな傾向が見える。アントニオ猪木の評価一つを取っても、著者は猪木のマイナスの側面についても容赦なく書き出しているが、猪木を批判する意図はなくむしろ独力でプロレスの世界全体の歴史を大きく変えた存在として素直に感嘆しているように読める。が、ファンにはそう思えないだろうなあ。恋は盲目である。
いずれにしろプロレスとは何なのか明確かつシンプルに書かれている本であり私には勉強になったが、既にプロレスなんてそんなもん、と看過していた人からすればその点での新発見は何もないということになるだろう。なので、この本が良書である点はそこにはなく、むしろ複雑に絡み合ったプロレスの歴史に一つの時点(1976年)を意味付けすることで明晰なフレームを与えたことにある。つまり、歴史書として秀逸ということだ。
と、自分でいいこと書くなあと思ってたら、海老沢泰久の解説にもっとシンプルに書いてあった。
うーん。以上。

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